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お知らせ

NPO 法人火山洞窟学会名誉会長 立原弘が永眠いた しました。

NPO法人 火山洞窟学会
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火山洞窟学会名誉会長 立原弘が令和3年2月28日 享年83歳で家族に見守られ永眠いたしました。
静かに送ってほしいとの故人の強い願いに従い葬儀は近親者のみにて 3月7日 滞りなく相済ませました。
お知らせが遅くなりましたことを、心よりお詫び申し上げますと共に故人が生前に賜りました御芳情に対し 厚く御礼申し上げます。
     
        
1970年に「富士山溶岩洞穴研究会」として発足していますが、そのきっかけは?

立原 設立のきっかけは、当時東京大学の名誉教授をされていた火山学の大御所の津屋弘達先生です。 実は1971年に創立45周年を迎えた富士急行が「富士山」という分厚い学術書を記念出版しました。 津屋先生はその本の「富士山の地形・地質」の項目をお書きになるために、富士山麓に調査に入られました。 その案内役として、同社の広報からは、後の会長になる故小川孝徳氏が、溶岩洞窟調査担当となって同行しました。
そのうち先生から「今後は洞窟も調べなければいかん」というご意見がでて、研究団体を作ることになったのです。
そこで、山梨や静岡の教育委員会に声をかけてできたの
が、このNPOの母体です。


日本に限らず、世界各地に行かれているようですが。

立原 日本以外に26カ国以上行きました。我々は大学などと違い、研究費がない。 そこで、どうすればただでいけるかを考えた。そこで思いついたのがテレビでした。
テレビ制作なら企画や技術指導をすれば海外に行けますからね。ある年齢以上の人はご存知かもしれませんが「水曜スペシャル・川口浩探検隊」にも、洞窟取材のときは同行したことがありました。 結果的に、そのための情報を仕入れるのもまた大変で、当時はインターネットなど便利なものがありませんから、海外の書籍が頼りです。 洞窟関係はフランスが多いので、それを取り寄せて、「お!ここにも火山があるぞ。じゃ行くか」てなわけですよ。
       〈富士山クラブインタビュー一部引用〉


先に旅立った津屋弘達先生、小川孝徳名誉会長、そして立原弘名誉会長の火山洞窟や樹型を愛するその志を、今後形にして参りたいと思っております。

皆様もご一緒に活動しましょう。

立原弘名誉会長